今年は昨年末まで勤めてた繁忙期宅急便を辞め
無職の身からスタートした。
その後、2週ほど間を置き、近くのコンビニで働き始める。
22時~6時の夜勤を希望していたんだが、研修期間内は
昼間の勤務が必要だということで昼勤務から始まった。

初日からレジに立ち、よく分からないカード等を出され
あたふたしつつも先輩バイトさんに教えてもらったりして
他の業務にも徐々に慣れていってた。ように自分では思ってた。
が、ある日店長から挨拶が小さいだの、同じ日に入ってきた子と比べて
作業の覚えが悪いなど延々罵られブチ切れる。
レジをほっぽってそのまま家に帰った。
しかし今思えば、あの店長の給料
時給換算すると400円だと自分でいってたし
資本主義の犠牲者だったのかもしれない。
色んな意味で悲しい男よ。

3月。
ひと月足らずでコンビニを辞めた後、派遣を通して工場へと勤める。
仕事内容は、1年ほど前職業訓練校で習ってた機械加工で
車のエンジンや金属備品などを造るものだった。
初めは懐かしや物珍しさがあったものの、毎日ひたすら同じ製品を
作る日々に飽きてきた。
遂には本格的に労働が嫌になり、~までには
株で食っていこうという強制的計画を立てるに及ぶ。

11月。
計画通り機械加工の仕事を辞め、去年のように宅急便繁忙期の
バイトを始める。時給1800円。
仕事は簡単で暇なくらいだったが、年末間近の28,29,30日にかけて
爆発的に荷物の量が増え、息絶え絶えなんとか乗り切った。


こんな感じで2018年を振り切ったワケだが
2019年は間違いなく俺にとって最も重要な年となる。
2018年に限らず俺が生きた33年は全てこの2019年のために
あったといっても過言じゃないほどに。
Xデーはもうすぐそこまで近づいている・・・。